企業が成長を加速させる手段としてIPO(新規公開株式)を検討する経営者は少なくありません。しかし、IPOは単なる資金調達の手段ではなく、社会的責任や企業体制の強化が求められる重要な選択肢です。本記事では、IPOに期待する効果や留意点、そしてIPO企業に求められる経営について、東京証券取引所 上場推進部課長の滝口圭佑さんにお話を伺いました。

滝口 圭佑 株式会社東京証券取引所 上場推進部 課長
2009年に東京証券取引所入社。2015年から2020年まで、日本取引所自主規制法人・上場審査部に所属し、国内企業の新規上場等の審査業務に従事。その後現在に至るまで、東京証券取引所・上場推進部において、プライム、スタンダード、グロース、TOKYO PRO Marketのプロモーション業務、また上場準備企業や証券会社・監査法人等のIPO関係者に対する上場支援業務に従事(現職)。
IPOに期待する効果
IPO(新規株式公開)と聞くと、株式市場からの資金調達が一番の目的とイメージする人が多いかもしれません。しかし、実際に上場を果たした企業の経営者に話を聞くと、上場前に期待した効果について、もっとも多かった回答は「知名度や信頼度の向上」でした。そして、実際に上場後に実感した効果としても、この「知名度や信頼度の向上」が一番多い回答となっています(図参照)。
具体的には、「これまで会えなかった人と会えるようになった、大手との取引が増えた」、「不動産やM&Aにかかる情報が入ってくるようになった」、「名刺を出した時の相手方の反応が上場前後で変わった」などの声があります。

次に挙げられる効果は「人材の確保」です。2025年3月現在、日本の上場企業の数は4,000社未満と少ないため、この4,000社に入ることで知名度や信頼度が向上し、その結果、優秀な人材が集まりやすくなります。
メリットとして3番目に挙げられたのは「社内管理体制の強化」。上場企業は四半期ごとに決算を発表しなければなりませんから、財務経理部門の体制をしっかり整備する必要があります。また、コンプライアンス体制についても整備は欠かせません。未上場の企業がこうした社内体制をしっかりと作っていくのは簡単ではありませんが、IPOのためだけでなく、会社を持続的に成長させていくためにも欠かせない作業です。
IPOの留意点
効果の半面、IPOには留意点も存在します。まずは調達コストの観点では日本の金利は上昇傾向にあるとはいえ、まだまだ低い水準にあるため、金融機関からの借り入れの方が低コストである場合もあります。
また、上場後は株主や投資家への説明責任が生じ、株主総会の運営や株主還元、IRなどにも考慮した企業経営が求められます。「上場後、初めての株主総会は苦労した」という声もありました。このあたりは、しっかりコミュニケーションを取って、説明をしていくことが大切になります。
上場後、上場維持にかかるコスト負担が重くのしかかり、最終的に上場廃止を選択する企業も少なくありません。東証では2022年に市場を「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編し、上場維持基準が厳格化されました。上場した以上、すぐに上場廃止というのは望ましくはありません。ただ、上場後年数が経つ中で、上場を維持することの意味が薄れたのであれば、上場廃止をして株主に資金を返すということも市場の新陳代謝という観点からはやむを得ないことだと考えます。

IPO企業に求められる経営
IPOを行った企業には、継続的に企業価値を高める姿勢が求められます。特に、グロース市場を目指す企業においては、事業計画や成長可能性に関する情報を投資家に対して適切に開示し、信頼を得ることが重要です。
一方、プライム市場やスタンダード市場を目指す企業には、資本コストや株価を意識した経営が求められます。投資家との対話を適切に行いながら企業価値を高める努力が必要です。
IPOは単なるゴールではなく、企業の成長を支える一つの手段です。自社の成長ステージや経営方針のあった市場を選び、長期的な視点で準備を進めることが成功の鍵となります。
事業承継及びM&Aの活用方法について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。


