「朝、起きられない」「やる気が出ない」現代ビジネスパーソンのさまざまな不調、その原因は栄養障害?

最近、ビジネスパーソンの間で「朝、起きられない」「どうしてもやる気が出ない」といった不調がよく聞かれるようになりました。これらの原因は、実は毎日の食事――栄養面にある可能性があります。30年にわたり産業医としてのべ3万人もの健康診断結果をチェックしてきた、法政大学教授の宮川路子氏にお話を伺いました。


宮川 路子
法政大学人間環境学部・大学院公共政策研究科教授、下北沢西口クリニック院長
1991年に慶應義塾大学医学部を卒業し、医師免許を取得。同大学大学院医学研究科博士課程予防医学系専攻に入学し、1995年に単位取得退学。翌1996年に同大学院博士号(医学)取得。慶應義塾大学助手(医学部衛生学公衆衛生学)、法政大学第二教養部助教授、法政大学人間環境学部助教授などを経て、2007年より法政大学人間環境学部教授。同年から2008年までストックホルム大学ストレス研究所客員研究員。2016年に下北沢西口クリニック(東京都世田谷区)を開業。分子整合栄養医学の考え方にもとづいた栄養療法と水素療法を組み合わせた水素栄養療法を提供する。2018〜2019年、カロリンスカ研究所客員研究員。日本産業衛生学会専門医・指導医、社会医学系専門医・指導医。

「エネルギー不足」が心身のトラブルを引き起こす

「朝、なかなか起きられない」「やる気が出ない」「風邪をひきやすくなった」──こうした不調を経験した方は多いと思います。たとえばある男性の場合でいえば、うつと診断されて休職し、回復して復職したのに、またすぐに元の状態に戻ってしまう。ほかにもひとり暮らしの若い男性が休職し、実家で療養して元気になっても、ひとり暮らしに戻るとまた不調を訴える…。こうした不調の原因は「ストレス」や「働きすぎ」が原因として語られることが多いのですが、実は栄養の問題が深く関わっている可能性があります。

とくにひとり暮らしで外食やコンビニに頼りがちな若年層の場合、たんぱく質・ビタミン・ミネラルなどの重要な栄養素が不足し、エネルギーがうまく作られなくなっているケースが散見されます。結果として、朝起きられない、仕事中に集中できない、ちょっとしたことでメンタルが落ち込むなど、さまざまな不調につながっているのです。

栄養状態の悪化による不調としてまず考えられるのが、エネルギー不足です。身体の機能を維持したり、十分に活動するための力が生まれてこないので、出社さえ困難になってしまうわけです。やっとの思いで出勤しても、わずかなストレスでメンタルの状態が落ちてしまい、ひどくなると出社拒否やうつ状態になることも少なくありません。こうした場合、病院では「起立性低血圧」とか「うつ病」という〝病名〟をつけられがちなのですが、実際には栄養障害が根本の原因であることが多いのです。

5大栄養素の概要

糖質中心の偏った食生活が、心身のエネルギーを奪っていく

私たちが活動するためのエネルギーは細胞内の代謝システムで生み出されています。糖・脂質・タンパク質の三大栄養素を原料としてアデノシン三リン酸(ATP)が作られるのです。しかし、不規則で偏った食生活や無理なダイエットによって栄養不足になると、体内のエネルギー産生システムが正常に働かなくなります。

その結果、身体は脂質やタンパク質をエネルギー源として利用できずに「手っ取り早くエネルギーとなる糖」にばかり頼るようになり、脳は身を守るために「もっと甘いものを摂れ」と命令を出します。すると、仕事中についお菓子をつまんでしまったり、帰り道にコンビニでスイーツを衝動買いしてしまったり…。糖分の摂りすぎにより脂肪は燃焼されず、体重は増える一方で、心身のコンディションは悪化してしまいます。

それでは、栄養障害によるエネルギー不足を防ぐためには、どのような点に注意すれば良いのでしょうか? まず、効率よくエネルギーを作り出せるよう、必要な栄養素を意識して摂ることが重要です。体内でエネルギーを作り出す回路には「解糖系」「クエン酸回路」「電子伝達系」の3つがあります。細胞質における解糖系では、文字通り糖を利用してエネルギーが作られ、そこで作られた物質がミトコンドリア内のクエン酸回路に進み、最終段階の電子伝達系ではたくさんのエネルギーを作り出すことができます。脂肪やタンパク質はクエン酸回路に入ってエネルギーとなり、その後電子伝達系に進みます。クエン酸回路をスムーズに動かすためにはビタミンB群や、リポ酸、マグネシウムなどが必要です。また、エネルギー代謝には酸素が必要ですが、この酸素を細胞に運ぶのが赤血球中のヘモグロビン(鉄とタンパク質)です。ヘモグロビンが低い状態、つまり貧血ではエネルギーを作り出すことができずに体力が低下し、多様な症状を呈するのです。

元気にエネルギーを作り出すためには、どのような栄養素が必要なのかという正しい知識が不可欠なのです。

健康を遠ざける「誤った思い込み」とは?

タンパク質に加えて、脂質も私たちの健康を支える大切な栄養素です。ところが、「脂質=太る」という誤解から、極端に控えてしまう方もいます。しかし実際には、良質な脂質は細胞膜やホルモンの材料となり、脳や神経の働きにも欠かせません。不足すると不調の原因になることもあるのです。

肥満予防の観点からは、脂質よりも若い世代を中心に絶大な人気を誇る〝ゼロカロリー飲料〟のほうが、よほどよくない影響が生じるといえるでしょう。これらの商品は、カロリーこそゼロになっていますが、甘味の強い人工甘味料がたくさん使われています。人工甘味料は甘味に対する依存症を引き起こし、さらに甘いものが欲しくなるという悪循環に陥ってしまうのです。糖質はインスリンの分泌を促進して低血糖となり、いらいらや不安などを引き起こすなど、精神的な影響もあります。

また、「朝昼晩の三食をきちんと食べるのが健康によい」と思い込んでいる方も多いのですが、必ずしもすべての人に当てはまるわけではありません。特に運動量の少ない方や、30代以降のビジネスパーソンにとっては、食事の頻度や間隔を見直すことで、胃腸を休め、消化吸収の効率を高めることができる場合もあります。

このように「よかれと思い込んでやっていたこと」について、いったん立ち止まって見直してみることが、不調を改善する第一歩になるかもしれません。大切なのは、自分の体調や生活リズムに合った健康法を選ぶこと。食にまつわる“常識”も、年齢や働き方に応じて柔軟にアップデートしていきましょう。

カギは食事×腸活×血流改善

栄養障害による不調の解消のために重要なのが腸の健康です。腸には免疫細胞の7割が存在すると言われており、免疫機能の中心であると同時に、メンタルにも大きな影響を与える臓器です。腸内環境が悪化すると免疫力が低下しますが、腸の健康を保つために必要な発酵食品や食物繊維を意識して摂っている人は意外と少ないようです。腸内環境の悪化が原因で、風邪をひきやすくなったり、睡眠の質が落ちたり、心のバランスが乱れやすくなったりするのです。

腸内環境を改善するためには、腸の炎症を抑え、善玉菌を増やす食事を摂ることが大切です。具体的には、善玉菌のエサになる食物繊維とたっぷりの水分、それに善玉菌を増やす助けになる発酵食品やヨーグルトを意識して摂り、〝腸活〟に励むことです。

さらに、食事の内容は先にも述べたように、エネルギーの素となる糖質、脂質、タンパク質と、これを助けるビタミンやミネラル豊富な主菜・副菜をバランスよく摂ることがポイントです。加えて、その栄養を身体のすみずみまで送り届けるために必要なのが血流改善です。お勧めは「肩の関節回し」。激しい運動をする必要はなく、椅子に座りながら腕を大きく回して肩を動かすだけで効果が出ます。肩甲骨の周りには脂肪を燃焼させる「褐色脂肪細胞」が多いとされ、肩甲骨を内側に引き寄せて刺激することで代謝がアップするとともに、血流も促進します。デスクワークの皆さんも簡単に取り入れられる運動ですのでぜひ試してみてください。

健康やメンタルの不調を「気のせい」や「ストレス」で片づけず、日々の食事や身体の声に丁寧に向き合うこと――。それが忙しいビジネスパーソンにこそ必要な、セルフケアの第一歩なのかもしれません。「忙しいビジネスパーソンのための『栄養と習慣』の見直し法」では、健康を維持するための具体的な改善策について詳しくお話ししましょう。

課題解決の考え方について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2025年11月28日時点の内容となります。
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