日本とインドネシアは1600年代から今に至るまで、関係性を積み上げてきました。しかし、無条件の親日国というほど単純な話ではなく、そこには複雑な感情も入り混じっています。歴史的な経緯を見つめながら、今後ますます重要になるインドネシアと、どのような関係性を築いていくべきなのか、そして、日本は何を求められているのか。元駐インドネシア特命全権大使の石井正文さんにお話を伺いました。

石井 正文
元駐インドネシア特命全権大使、りそな総合研究所理事
1980年外務省に入省。2003年駐英公使。2006年駐米公使。2009年外務省総合外交政策局審議官。政策企画・国際安全保障政策担当大使。2012年外務省地球規模課題審議官。2013年外務省国際法局長。2014年駐ベルギー特命全権大使。2017年駐インドネシア特命全権大使を歴任後、2021年1月退任。2021年4月より、りそな総合研究所顧問に就任、2024年4月より同理事。
歴史的に深い関わりを持つ両国
日本とインドネシアの関係は、一朝一夕に築かれたものではありません。その歴史は深く、多層的な結びつきによって支えられています。古くは江戸時代、長崎の出島に来航していたオランダ船は、当時のバタビア(現在のジャカルタ)を経由しており、インドネシアの産物が日本に届けられていました。
近代においては、第二次世界大戦後、多くの日本軍残留兵がインドネシアの独立戦争に身を投じ、現地の人々と共に戦ったという事実は、今もインドネシアの人々の間で語り継がれています。日本人の残留兵はインドネシア国内の英雄墓地に祀られており、両国の絆を象徴する存在となっています。
さらに戦後の復興期においても、日本は賠償金を含む多額の資金提供や技術協力、インフラ整備を通じて、インドネシアの国づくりを支えてきました。民間レベルでも、例えばりそな銀行の前身である旧大和銀行が出資して設立された「プルダニア銀行」は、1950年代から半世紀以上にわたり、現地でリテール業務を展開してきました。海外に進出する日本の金融機関の多くは、日系企業への融資が中心になりがちですが、プルダニア銀行の顧客構成は日系と非日系が半々。文字通り「現地に根ざした銀行」として、インドネシアの経済発展に併走してきた稀有な歴史があります。このような長年の誠実な積み重ねが、今日の強固な信頼関係の土台となっているのです。
日本はインドネシアに好感を持ってもらえているか
日本人はしばしば、インドネシアを「無条件の親日国」と捉えがちですが、その実態はより多面的で冷静なものです。歴史を見ればわかるように、日本はインドネシアの独立を助けた国であると同時に、かつて侵略をした国でもあるのです。

インドネシアの人々のスタンスは「忘れないが、許す」というものです。戦時中の出来事は覚えていますが、その後の日本の長年にわたる真摯な支援と貢献を評価し、未来に向けた友好を選択しているのです。
しかし、こうした歴史観は時代とともに変化してきています。私は3つの世代に分けて考えています。まず、「第1世代」は日本と共に独立戦争を戦い、日本の支援を直接肌で感じてきた世代です。「第2世代」は、生まれた時から親から「困った時は日本を頼れ」と教えられ、日本の復興支援を間近で見て育ちました。彼らは今、政財界のトップにいますが、そろそろ引退を考え始める年齢です。そしてこれから、世代交代を経て主役になる「第3世代」は、全く異なる価値観を持っています。
この若い第3世代は、韓国の音楽(K-POP)に親しみ、中国製の白物家電に囲まれて育っています。この第3世代が今、インドネシアの財閥のトップに就こうとしていますが、彼らの多くは米国でMBAを取得したようなエリートです。彼らにとって日本は「多くの優れた選択肢の一つ」に過ぎず、かつてのような「日本は特別」という考え方は薄れています。日本の若者以上に優秀で、国際的なネットワークを持つ彼らに対し、日本側が「なぜ今、日本と組むべきなのか」という付加価値を論理的に提示できなければ、日本は徐々に忘れ去られてしまうかもしれません。
WIN-WINの関係性をどう育むか
これからの日本とインドネシアは、一方が他方を助けるという「主従」や「支援」の関係ではなく、対等なビジネスパートナーとしての「WIN-WIN」の関係を構築しなければなりません。
まず、日本の中小企業にとっての商機は、インドネシアが国家として進めている「製造業の高度化」と「生産性の向上」の中にあります。現在、インドネシアの大企業や外資系メーカーは、依然として特殊鋼などの高度な原材料や部品を日本からの輸入に頼っています。ここに、優れた技術を持つ日本の中小企業が進出する余地があります。現地で生産を行うことは、インドネシアにとっては輸入額の削減、雇用創出、技術移転につながり、日本企業にとっては巨大な成長市場への橋頭堡となります。
そして、最も重要なのは「人」を介した交流の質の向上です。現在、日本の漁業、介護、看護などの現場は、インドネシアからの技能実習生や特定技能の人材なしには、もはや立ち行かないと言っても過言ではありません。また、アメリカの大手テック企業のトップに優秀なインド人が就いていることからもわかるように、世界では、優秀な人材は国をまたいでの争奪戦になっています。
これからの日本は、外国人を単なる「不足する労働力の補填」として扱うのではなく、日本の将来を支えてくれる貴重なパートナー、あるいは「高度な知能労働を担う人材」として厚遇で迎え入れる覚悟が必要です。ただでさえ、日本で働くには日本語を話さないといけないという高いハードルがあります。滞在年数や家族帯同の制限といった硬直したシステムをこの先も続けていては、人材獲得で大きく後れをとるでしょう。世界中の国々と「優秀な人材の奪い合い」をしているという認識を持つべきではないでしょうか。
また、前述した現地の「第3世代」の若手リーダーたちに対しても、日本側は最高の敬意を払い、共に新たな市場を切り拓く仲間として向き合う必要があります。インドネシアが持つアフリカや中東との強力なネットワークと、日本の技術や信頼を掛け合わせることで、第三国市場を共に開拓するといった新しい協力の形も、大いに有望です。上から目線ではなく、共に汗をかき、共に繁栄するという視点で、インドネシアとの関係を築き上げていきたいものです。
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