革新的なビジネスアイデアは、一部の天才だけの特権ではありません。適切な方法論を学び、体系的なプロセスを踏めば、誰もがビジネスモデルを創造できる──日本のビジネスモデル研究の第一人者・井上達彦氏は、そう断言します。本記事では『ゼロからつくるビジネスモデル』(井上達彦著、東洋経済新報社)より、固定観念を打破する発想法や、アイデアを検証・発展させる具体的プロセスなど、ビジネスモデル創造を「技術」として習得する方法を解説します。
ビジネスモデルの創造は「センス」ではなく「技術」
「うちには革新的なアイデアを生み出せる人材がいない」「新事業を立ち上げたいが、どこから始めればよいかわからない」──多くの経営者やビジネスパーソンが抱えるこうした悩みは、根本的な誤解に基づいています。ビジネスモデルの創造は、生まれ持った才能やセンスではなく、逆上がりのように適切な方法を学び、練習することで誰もが習得できる「技術」なのです。
日本人の起業意識は国際的に見ても極めて低く、起業に有利なチャンスが訪れると考える人はわずか8%に過ぎません(アメリカや中国では30%超)。しかし、これは能力の問題ではなく、体系的な方法論を学ぶ機会がなかったことに起因しています。本書が提示する「分析→発想→試作→検証」というサイクルを理解し、実践することで、誰もがビジネスモデルを創造する力を身につけることができます。
実際、ビジネスモデルとは「どのように価値を創造し、顧客に届けるかを論理的に記述したもの」であり、感覚的なものではなく、分解・分析・再構築が可能な「仕組み」として捉えることができます。トーマス・エジソンが電球を単なる製品としてではなく、発電から送電、周辺インフラまでを含む包括的な「システム」として構築したように、優れたビジネスモデルは製品やサービスを超えた価値創造の全体像を描くことから生まれます。
常識を「括弧に入れる」ブラケティング発想法
ビジネスモデルのイノベーションは、多くの場合、業界の常識や前提条件を覆すことから始まります。本書で紹介される「ブラケティング発想法」は、哲学の現象学で使われる概念を応用した、極めて強力な思考ツールです。
この手法の本質は、既存の常識や前提条件を一旦「括弧に入れて(ブラケット)」、全く新しい視点から物事を見直すことにあります。たとえば、「レストランは店舗で食事を提供するもの」という常識を括弧に入れることで、デリバリー専門店、キッチンカー、オンライン料理教室といった新しいビジネスモデルの可能性が見えてきます。同様に、「銀行は店舗で営業するもの」という前提を外したことで、インターネット専業銀行が生まれ、「宿泊施設は専門事業者が提供するもの」という常識を覆したことで、Airbnbのような革新的なビジネスが誕生しました。
重要なのは、この発想法が単なる「逆張り」ではないということ。業界の暗黙の前提を意識的に洗い出し、それぞれを体系的に疑うことで、競争のない新市場(ブルー・オーシャン)を創造する可能性を探るのです。
プロトタイプで「早く失敗し、早く学ぶ」
アイデアを思いつくだけでは、ビジネスモデルは完成しません。そのアイデアを素早く形にし、市場で検証するプロセスが不可欠です。ここで重要なのが「プロトタイピング」の考え方です。
プロトタイプの目的は、完璧なものを作ることではありません。最小限の機能を持つ「最小実行可能製品(MVP)」を迅速に作り、顧客からのフィードバックを得て、仮説を検証することが重要です。意図が伝わるのであれば、「紙ナプキンに描いたビジネスモデル」から始めてもかまいません。
日本の企業文化には「もったいない」という価値観や、細部まで作り込む「完璧主義」があり、これが迅速な試作プロセスの障害となることがあります。しかし、シリコンバレーで根付いている「早く失敗し、早く学べ」という考え方こそ、イノベーション創出の鍵となります。失敗は終わりではなく、成功に向けた貴重な学習データなのです。
実際のビジネスモデル創造は、「分析→発想→試作→検証」のサイクルを螺旋状に繰り返すことで進化します。一度のサイクルで完璧なモデルが生まれることはなく、検証で得られた学びを次の分析フェーズのインプットとし、継続的にモデルを改善していきます。この反復的なプロセスを通じて、アイデアは次第に洗練され、市場に受け入れられるビジネスモデルへと成長していきます。
サイエンスとアートの絶妙なバランス
優れたビジネスモデルの創造には、論理的思考(サイエンス)と創造的思考(アート)の両方が必要です。
サイエンス的アプローチは、仮説を立て、データを分析し、実現可能性を検証する際に重要です。一方、アート的アプローチは、既存の枠組みに囚われない自由な発想を生み出す際に必要となります。革新的でありながら実現可能なビジネスモデルを創造するためには、科学者のように緻密に分析する思考と、芸術家のように自由に発想する思考を、振り子のように行き来させることが鍵となります。
また、現代のビジネスモデルは、AI、ブロックチェーン、IoTといった新技術の活用や、環境問題・社会課題の解決といったサステナビリティへの対応が不可欠です。
生物が環境変化に適応して生き残るように、ビジネスモデルも技術や社会の変化に適応して進化し続けなければ、市場から淘汰されます。本書では環境の変化を察知し、自社の資源や能力を再構成して新しいモデルを作り出す能力としてダイナミック・ケイパビリティを挙げています。利益追求だけに固執すると過去の成功体験に縛られますが、「創造的な営み」としてビジネスを捉えることで、好循環と共創の構築につながり、変化に対応し続けることが可能になります。
さらに重要なのが「アンラーニング(学習棄却)」の能力です。過去の成功体験や既存の知識に固執せず、必要に応じてそれらを意図的に捨て去ることで、破壊的変化への適応力が高まります。これは、クレイトン・クリステンセンが提唱した「イノベーションのジレンマ」を克服するための実践的な処方箋でもあります。
組織学習の研究者ジェームズ・マーチによれば、組織は放っておくと既存の知識を効率的に使う「活用(Exploitation)」に偏ります。しかし、環境が激変した際、古い知識の効率化だけでは生き残れません。
アンラーニングは、この偏りを是正し、新しい可能性を探す「探索(Exploration)」の側面を強制的に強化し、環境変化に対応する新しい選択肢を見つけ出す力を回復します。
また、既存の前提や常識を意図的に捨てることで、問題の根本原因に遡り、ビジネスの枠組み(前提)自体を作り変える「ダブル・ループ学習」が可能になります。これが根本的なビジネスの適応力を生み出すというわけです。
本書の要点
● 誰もが習得可能な「技術」としてのビジネスモデル創造
ビジネスモデルの創造は、一部の天才の特権ではなく、適切な方法論を学び、継続的に実践することで誰もが習得できる技術。「分析→発想→試作→検証」のサイクルを意識的に実践することが、創造性の根幹となる。
● 常識を疑う「ブラケティング発想法」
既存の常識や前提条件を一旦「括弧に入れて(ブラケット)」、全く新しい視点から物事を見直すことで、競争のない新市場(ブルーオーシャン)を創造できる可能性がある。たとえば、「レストランは店舗で食事を提供するもの」という常識を括弧に入れることで、デリバリー専門店、キッチンカー、オンライン料理教室といった新しいビジネスモデルの可能性が見えてくる。
● プロトタイピングと継続的な改善
完璧を求めず、最小限の機能で素早く試作し、市場からのフィードバックを得る──この螺旋状の改善サイクルを繰り返すことで、アイデアは洗練されたビジネスモデルへと進化していく。変化の激しい現代において、この「分析→発想→試作→検証」のサイクルを実践する能力は、もはや単なるイノベーションの手法ではなく、市場における生存とリーダーシップを確保するための必須のコア・コンピテンシーである。
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