「リスキリングを進めたい」と考えたとき、人事制度や年金制度も同時に変えていく必要があります。従業員に自分のキャリアやスキルに自律的になってもらうには、どのような制度設計が望ましいのでしょうか? マーサージャパンのウェルスコンサルティング部門リーダー、奥平剛次さんにお話を伺いました。

奥平剛次(おくひら たけつぐ)
マーサージャパン株式会社 ウェルスコンサルティング部門リーダー
日本アクチュアリー会正会員 年金数理人
大手信託銀行を経て現職。マーサーでは、退職給付会計計算、退職給付制度設計、従業員説明支援、年金ALM、DC運営管理機関選定、M&Aにおける人事デューデリジェンス・契約交渉・PMIなど幅広いプロジェクトをリード。東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻 修了。
スキルをどう評価していくか
リスキリングと人事制度、年金制度の関係について整理してみましょう。まずは人事制度ですが、リスキルした人を評価する仕組みがあり、より上の等級・役職に昇格昇進されるなど、しっかり処遇で報いる制度になっているかどうかが大切です。
リスキリングを進めている企業で、人事評価にまったく紐づいていないというケースはないと思いますが、さらにリスキリングを進めていくためには、よりインセンティブを高めていくことは有効です。
また、リスキリングの背景には、自分でスキルやキャリアを主体的に選んでいく、いわゆるキャリア自律の考え方がありますから、社内公募制度を導入する企業も増えています。新しい仕事にチャレンジさせてもらえるというのは、向上心旺盛な従業員にとっては魅力的です。昨今は若手の離職率の高さが問題になっていますが、若手は成長を求めています。チャレンジしたいという思いを応援できる人事制度は、離職防止にも寄与します。
さらに、副業を認めるという流れもあります。会社にも貢献してもらって、さらにその人が頑張りたい分野も応援する。そんな企業が増えています。
年金はキャリア自律と密接に関係する
人事制度だけでなく、年金制度もキャリア自律と大きく関係しています。DB(確定給付企業年金)は一般的に終身雇用との相性が良い制度と言われています。一方、企業型DC(企業型確定拠出年金)は個人の残高を持ち運べますから、キャリア自律度の高い人にとって相性のいい制度と言えます。
採用面接時に退職金水準を聞くのは気が引ける人も多いですが、企業型DCを導入しているかどうかを聞く人は少なくありません。最近では、企業型DCがないと採用にネガティブだと考え、企業型DCを導入する企業も増えています。
また、多くの中小企業では退職時の基本給と勤続年数で退職金の計算をしますが、これはジョブ型にはなじみにくい制度です。よりフレキシブルな働き方、たとえば週2日は時短勤務として業務とは違う勉強をしたい、というような要望も出てきますし、これに対応できるような柔軟な企業が選ばれる会社になります。
しかし、時短勤務をしている期間は給与が減るため、従来型の退職金の計算方法をそのまま適用すると、少ない給与水準で退職金を計算することになってしまいます。この場合、勤続年数を調整するなどの処置をする必要がありますが、柔軟な働き方を繰り返すと、結局いくら退職金がもらえるのかわかりにくくなってしまいます。
ですから、たとえば毎期ポイントを積み上げるというような制度の方が、これからは好まれるのではないかと考えています。ポイント制ですと、退職直前のある期間は時短勤務をしていた、というケースであっても、フルタイムで働いていた時期のポイントはしっかり貯まっていますから、退職金が不当に減少してしまった、というようなことにはなりません。また、ポイントの代わりに「基本給×〇%」を毎期積み上げるという形でも、こうした問題が起こらず、かつ従業員にとっても毎期いくら積み上がっているのかわかりやすいことからも、採用する企業は増えてきています。
投資教育の新しいあり方
さらに考えておきたいのは、キャリア自律のその先です。従業員が自分で自分のスキルやキャリアを自ら選んでいくためには、自分の経済状況もプランニングできるようになることが必須です。終身雇用制度下では、一つの会社で勤め上げることで、退職金や年金をそれなりにもらう、というスタイルで、従業員が自分の経済状況をプランニングする余地はあまりありませんでした。
近年、ファイナンシャル・ウェルビーイング(経済的に安定し、自分に合うライフプランを自由に選べる状態)という言葉が注目されています。キャリアを選んでいくと同時に、今後想定されるライフイベントと必要な資金などを自分でしっかり把握して、経済基盤を自分で作り上げていくというマインドが必要になります。

企業型DCを導入する企業には、従業員に対する投資教育が義務付けられています。多くの企業では、分散投資しましょうとか、投資商品の説明など、運用の具体的ノウハウの講座を設けていると思います。しかし、キャリアを考えたり、保険なども含めたライフプランニングをしたりするクラスがあってもよいのです。従業員の方々が投資教育にあまり興味を持ってくれない、と悩む企業は少なくありません。キャリア自律、ファイナンシャル・ウェルビーイングというのは、従業員の方々が自分らしいライフプランを描いていくという意味で、より本質的で重要なスキルではないでしょうか。
リスキリングを考える経営者の皆様はぜひ、人事・年金制度やファイナンシャル・ウェルビーイングの考え方なども含めた、広い視点で包括的に戦略を練っていっていただきたいと思います。
人材戦略について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。


