社員の眠気は「気合い不足」ではない――企業が取り組むべき睡眠リスク

危険ないびきはさまざまな健康リスクを引き起こします。さらに視野を広げ、睡眠が不十分なことによって生まれる経済損失、企業にとっての少なからぬリスクは、いったいどれほどの規模で、それに対して会社側はどのように向き合うべきなのでしょうか? 「睡眠内科」という先進的アプローチでいびき治療に挑む、医療法人RESM理事長の白濱龍太郎先生に伺いました。


白濱龍太郎

白濱龍太郎
筑波大学医学群医学類卒業、東京医科歯科大学大学院統合呼吸器学修了(医学博士)。東京医科歯科大学(現東京科学大学)呼吸器内科、同大学医歯学総合研究科呼吸睡眠制御学で、臨床研究教育に従事後、公立総合病院で睡眠センター設立、運営。2013年より、順天堂大学医学部公衆衛生学にて、睡眠呼吸障害の合併症や交通事故への影響に関する研究に従事。2014年、経済産業省海外支援プログラムに参加、海外の医師への睡眠呼吸障害教育に従事。2018年、ハーバード公衆衛生大学院客員研究員、2020年、日本オリンピック委員会医科学強化スタッフ、2021年東京オリンピック選手用医師を歴任。現在、慶應義塾大学先端科学技術研究センター訪問教授、順天堂大学医学部客員准教授、国立大学法人福井大学医学部地域医療推進講座客員准教授、日本睡眠学会評議員などを兼任。睡眠障害の診断治療を適切に行い、未治療の患者さんを減らしたいとの想いで、医療法人RESMグループを運営。

年間約3.5兆円の損失も。SASと睡眠不足が企業にもたらす影響

いびき、そして睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome、以下SAS)が原因による睡眠不足は、ビジネスパーソン個人のパフォーマンスを低下させるだけでなく、会社全体の生産性にも大きく影響してきます。

1日の睡眠時間の国際比較

睡眠不足に起因する経済損失はさまざまなところで試算されています。上の図は、睡眠時間の国際比較です。また、日本大学医学部の内山真先生の試算では、わが国における不眠症や睡眠不足による経済損失は年間約3.5兆円に上るとされています。海外シンクタンクの調査では、日本の睡眠不足による経済損失が最大1380億ドル、日本円で約15兆円規模に達するとの試算もあります。それによると、健康な睡眠がとれていない状態では、集中力や判断力が低下し、労働生産性にも影響が及ぶと考えられ、それは出勤していながら十分なパフォーマンスが発揮できない、いわゆる「プレゼンティーイズム」(疾病就業)として潜在化します。

具体的には、集中力の低下や記憶力の減退、さらに悲観的な考え方などメンタル面の不調から、次第に慢性的な身体の疾患やうつ病といった病気として表面化することにより、長期あるいは連続的な欠勤による「アブセンティーズム」へつながっていきます。

ホワイトカラー、オフィスワークの方の場合、集中力や記憶力が十分に発揮されないことは、とりわけ契約など重要なシーンでの確認を誤らせることに直結し、そのリスクは管理職そして経営者といった高い役職になるほど大きな影響を及ぼすはず。健康な睡眠で自らの判断の質を守ることがいよいよ重要になってくるでしょう。

交通・製造・工事現場では、睡眠不足が重大事故のリスクに

いびきやSASによる不十分な睡眠が原因で、日中の眠気が起こるような場合、車などの運転や機械の操作が伴う仕事では、オフィスワーク以上に大きなリスクが発生することになります。

2003年の2月には、JR山陽新幹線の岡山駅で東京行きの列車がホームの所定位置より100m手前で止まる事故があり、運転士の居眠りが直接の原因であると発覚。「5~6年前から睡眠中に何度も目が覚める」との本人の証言から、医学的な検査を経てSASが潜んでいることが明らかになり、こうしたリスクが広く認知されるきっかけとなりました。その後も2012年には、群馬県藤岡市の関越自動車道で高速ツアーバスが側壁に衝突し、乗客7人が死亡、38人が重軽傷を負う事故が発生しました。この事故でも、運転手にSASの症状が確認されたとされており、睡眠リスクと交通・運輸業務の安全管理の関係が改めて問われることになりました。

このように、いびきやSAS⇒慢性的な睡眠不足⇒日中や仕事中の眠気⇒重大なインシデントや事故、という危険性は表面化しないものも含めると日々いたるところにあり、危険な機械操作を行う工場や工事の現場など、同様の事故はいつ起こってもおかしくありません。会社側の皆さんには規模の大小を問わず、自分ごととして捉えていただきたいところです。

「気合い不足」で片付けず、全社で睡眠リスクに向き合う

こうした状況を見た場合、企業として第一に必要とされるのは、従業員の集中力不足あるいは居眠りを単なる「気合い不足」などの雑な対応で済ませない、という姿勢でしょう。実際、それらの背後には、いびきやSASによる睡眠不足が潜んでいる可能性が高く、小手先の叱責や注意喚起では不十分。個々の怠慢と片付けず、会社をあげての対策へと踏み出すことが求められます。

そして、その際は社内の人員だけに頼ることなく、人事が中心となってぜひとも外部の専門家――たとえば、産業医や保健師などを巻き込むようにしてください。そうではなく、直接の上司の方などに丸投げすることは、目の前の事象のみに囚われた対処ミスにつながりかねません。また「うつ病ではないか」「無呼吸なのではないか」といった診断めいた発言をすることは避けるべきです。病歴や健康状態に関する情報は慎重に扱う必要があり、本人の同意なく踏み込んだ確認をしたり、周囲に共有したりすれば、個人情報やハラスメントの観点から問題となるおそれがあります。

啓発とスクリーニング、寄り添っての受診勧奨が決め手

ならば、これらの問題に対し、企業側としては実際にどう取り組むべきなのでしょうか?

最初に着手するべきは、社内のセミナーや各種啓発活動を通じて睡眠の重要性を訴え、いびきやSASに対する認識を全社的にしっかり共有する、ということです。直接的に職場の仕組みや環境の改善に取り組むのはなかなか難しいため、まずはそのための機運を盛り上げていく。外部から専門医を招いてのウェビナーなどは、私なども依頼を受けることがありますが、そこでは睡眠に関するリスクをお話ししたうえで、不安を抱えた方に向けて自宅で睡眠中の呼吸や血中酸素濃度などを測り、SASの疑いの有無を調べるスクリーニング検査を呼びかけています。

実際、ドライバーの労働環境改善を重要課題と捉える公益社団法人の全日本トラック協会では、セミナーと検査を一体で推進しておられますし、ほかにも大企業を中心に社内周知やオンライン受診、SAS検査に積極的に乗り出している例は、ますます増える傾向にあります。

ただし、そこで止まってしまっては社内対応も十分とは言えませんので、スクリーニングで高リスクと診断された従業員に対しては、外部専門家とともに社内でも治療のための受診勧奨を積極的に行うようにしてください。せっかくの早期発見も、その先を当人の自主的判断にゆだねるだけでは、治療段階に進めないままのケースが多く、もったいない話です。人事部などが少々おせっかいなくらい(ハラスメントには注意しつつ)本人に並走し、治療を勧めていく姿勢が、社内の睡眠リスク低減へとつながっていくでしょう。

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上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2026年9月11日時点の内容となります。
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