東証改革もあり、「ガバナンス」という言葉を耳にする機会が増えました。中堅・中小企業経営者の多くは「ガバナンスは上場企業のやることだ」とお考えかもしれません。しかし、上場していなくても、規模が小さくても、ガバナンスを構築する意義は非常に大きいのです。りそな総合研究所コンサルティング部 チーフコンサルタント、藤井 綾さんにお話を伺いました。

藤井 綾 りそな総合研究所 コンサルティング部チーフコンサルタント
2009年、りそな総合研究所に入社。株式上場(IPO)支援、内部統制構築、原価計算制度、在庫管理体制の整備等、幅広いテーマで上場企業や中小企業に対するコンサルティング業務に従事。特に、企業のガバナンス体制の強化に向けた支援を行い、取締役会や監査役会の運営改善、リスク管理体制の構築などに取り組む。また、M&A案件にも関与し、フィナンシャルアドバイザリー業務や買収後のPMI(Post Merger Integration)に対応し、企業価値向上を目指した統合プロセスの支援を実施。
そもそも、ガバナンスとは何か
「ガバナンス(コーポレートガバナンス)」という言葉を聞くと、上場企業が対応する制度や規律だというイメージを持つ中堅・中小企業経営者の方は少なくありません。また、「我が社は社内規程もあるし、日々の業務管理も行き届いているから問題ない」と考える方も多いのが実情です。
しかし、ガバナンスと日々の「管理」は根本的に異なります。ガバナンスとは、経営の公正な判断や運営がなされるよう、監視・統制する仕組みそのものを指します。具体的には、取締役会や経営会議を適切に整備し、社長一人だけの独断で物事を決定しない組織的な体制を構築することです。一方で「管理」とは、ガバナンスによって定められた方針やルールを現場のプロセスとして実行・運用することを意味します。つまり、ガバナンスと管理は補完関係にありますが、ガバナンスという上位の枠組みがあって初めて、管理も正しく機能するのです。
さらに、ガバナンスには単なる不正防止やリスクヘッジといった「ブレーキ」の役割だけでなく、企業価値を長期的に高めるための「攻めのガバナンス」という側面が存在します。経営の意思決定プロセスをルール化・仕組み化することで、経営方針の軸がぶれにくくなり、組織全体が同じ方向を向いてスピーディーに意思決定を下せるようになります。

上図のように、オーナー経営企業はそうでない企業に比べて、社長が意思決定を行っている比率は高いのですが、社長の思いつきで決定が二転三転したり、グループ企業がバラバラの方向へ走ってしまうのを防ぎ、持続的な成長を実現するための基盤こそがガバナンスなのです。
中堅・中小企業がガバナンス構築に動くとき
中堅・中小企業がガバナンス構築に本格的に着手する背景には、大きく分けて「外部からの要請による不可避なタイミング」と「自発的な危機感によるタイミング」の2つがあります。
前者の典型例がIPO(新規上場)や事業承継(M&A含む)のタイミングです。IPOを目指す場合、証券会社や監査法人から厳格なガバナンス体制の整備を要求されるため、構築は避けて通れません。また、M&Aで買収される側になる際も、ガバナンスが機能していない会社はリスクが高いと判断され、評価が大幅に下がるリスクがあるため、対応が必須となります。親族承継や社内承継を含む、自社の事業承継のタイミングでも、ガバナンスを整備することは有意義です。
一方で、こうした外部から要請されるようなタイミングではなくとも、企業の成長に伴って自発的にガバナンス構築へ動くケースも多く存在します。例えば、事業や組織が急拡大するタイミングでは、人員や売り上げが急増し、社長一人の目が届く範囲を超えてしまいます。そうなると、社長のワンマン経営では立ち行かなくなってきます。そこで、ガバナンスを構築して、組織全体で意思決定をできるようにしようと思うようになるのです。
次に、M&Aによってグループ会社が増加するタイミングが挙げられます。自社とは異なる異業種の会社を買収して子会社化した際や、グループ企業が5社程度を超えてきたとき、ガバナンス整備を始めようと考える経営者は少なくありません。また、社長自身が精通していない業界の会社をM&Aで取得した場合、個人の感覚に頼るのではなく、制度としてのグループガバナンスを整備することが必要不可欠になります。
さらに、競合他社や取引先の不祥事を目の当たりにしたことがきっかけになることも多いでしょう。「自社でも同じことが起きるのではないか」という強い危機感を抱くためです。
このように、「これまでの社長個人の手腕による管理スタイルでは限界なのではないか」と経営陣が実感した瞬間こそが、ガバナンス体制へ移行すべき絶好のタイミングといえます。
しっかりしたガバナンス体制から得られるメリットとは
では、ガバナンス体制を確立することで、中堅・中小企業にはどのような具体的なメリットがもたらされるのでしょうか。第一に、「組織の自走化と人材の成長」が挙げられます。創業当初はオーナー社長がグイグイと会社を引っ張っていくものですが、組織が大きくなるにつれ、ワンマン体制のままでは立ち行かない場面が増えてきます。気が付けば、従業員は指示待ちのイエスマンばかり、ということでは、企業としての成長が頭打ちになってしまいます。職務権限規程や業務分掌規程を整備して「権限移譲」を進め、意思決定のプロセスを可視化することで、部長職や役員クラスが自ら考えて行動する経営人材へと育っていきます。
次に、「属人性の脱却による企業価値の向上」です。M&Aの場面において、特定のカリスマ社長に依存し切った組織は「社長がいなくなったら回らない会社」とみなされ、厳しい評価を受けます。仕組みで組織が回るガバナンスが構築されていれば、買収後のシナジー発揮や投資回収のスピードが速いと判断され、企業価値の評価(譲渡価格等)が大きく高まるメリットがあります。
さらに、「健全な現場の情報が経営層に届く仕組みの形成」も大きなメリットです。しっかりとしたガバナンスが機能している会社では、監査やチェック体制が「現場の行動の粗探し」ではなく、「現場の困りごとや潜むリスクを吸い上げ、一緒に改善するための仕組み」として機能します。現場と経営陣が分断せず、風通しの良い連携体制が生まれることで、不祥事の芽を未然に摘み取りつつ、現場の業務効率化と持続的成長を両立させることが可能になります。
このように、中堅・中小企業であっても、ガバナンス構築はさらなる成長のために、非常に重要なことなのです。
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