「後継者をしっかり育て、安心して会社を任せたい」。そう考えて事業承継をスタートしたはずが、いつしか妻や兄弟姉妹まで巻き込んだ家族不和へ発展してしまうケースは少なくありません。法律や税務の知識はもちろん必要です。しかし、事業承継の最大の難所は、創業者・後継者・ファミリーメンバーの「関係性」や「心のありよう」にあります。また、後継者不在を背景に、近年はM&A(第三者承継)の件数も急増しています。しかし、準備不足のまま進めた結果、M&A後に従業員が疲弊し、企業文化が崩壊してしまうこともあります。事業承継は、単なる「株」や「経営権」の引き継ぎではなく、「人」と「想い」と「未来」をどうつなぐかの問題でもあるのです。多くの企業の事業承継をサポートしてきた、みらいコンサルティンググループの西村洋一取締役に、事業承継で生じやすい課題と、それを避けるための考え方について伺いました。

西村 洋一
みらいコンサルティング株式会社 取締役
税理士法人みらいコンサルティング 代表社員
会計事務所を経てみらいコンサルティングへ。会計税務、IPO支援の他事業承継や企業再編など企業経営の管理業務支援の責任者として多数の実績あり。現場のコンサルティング業務経験を活かした中小中堅企業向けの管理系サポートアプリ開発に尽力。主な著書として「中小企業の勝ち残る事業承継」「企業再編・組織再編実践入門」その他、金融機関等でのセミナー実績多数。
いがみ合うよりもさらに難しいケースとは
事業承継の現場において、多くの経営者が「後継者である子どもと激しく対立すること」を大きな不安として挙げます。しかし、数多くの事例を見てきた立場から感じるのは、いがみ合っているうちは、まだお互いにエネルギーを向け合っている分、解決の糸口が残されていることも多いということです。一方で、関係修復に長い時間を要しやすいのは、「親子間の対話が消え、お互いに無関心になる」ケースです。
例えば、同じ会社の中にいながら、社長である父と専務である息子が直接言葉を交わさず、従業員や銀行員を介してしか意思疎通を図らなくなったとします。こうなると、情報は少しずつ歪んで伝わります。「社長がこう言っていた」という言葉の断片に、伝え手の主観や忖度が混じり、結果としてボタンの掛け違いが広がってしまうのです。そして、この状態が長く続くと、最終的には裁判や絶縁など、会社や家族に深い傷を残す事態へ発展してしまうこともあります。
だからこそ重要なのは、問題が深刻化する前に、「対話の仕組み」を持っておくことです。週に一度、1時間だけでも机を挟み、共通の資料を見ながら未来を語り合う。感情論ではなく、「経営」という共通言語で向き合う時間を持つ。この小さな積み重ねこそが、会社と家族の両方を守る防波堤になるのです。
後継者育成には10年単位の視点が必要
こうした対話と並行して、もう一つ極めて重要になるのが、「後継者をどう育てるか」です。
「そろそろ息子に継がせたいが、まだ頼りなくて……」という声は、多くの経営者から聞かれます。
しかし、事業承継の現場で非常に重要なのは、後継者は「社長の椅子」に座り、孤独な決断を積み重ねることで、少しずつ経営者として育っていくということです。これは精神論ではなく、心理学やリーダーシップ研究でも、人は「自分で意思決定し、その結果を引き受ける経験」を通じてしか、本当の意味でのリーダーシップや自己効力感を獲得できないことがわかっています。
教育学者デービッド・コルブの「経験学習理論」でも、人は「経験→振り返り→意味づけ→改善」の循環によって成長するとされています。つまり、経営者は“知識”だけではなく、“意思決定の経験”によって育つ側面が大きいのです。また、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「自己効力感」の研究でも、人は「自分で判断し、自分で乗り越えた経験」によって、「自分はできる」という感覚を獲得するとされています。
逆に、創業者が常に答えを出し、後継者がその指示通りに動くだけでは、経営者としての自信や覚悟は育ちにくくなります。つまり、従業員や役員として優秀であることと、経営者として求められる力には、少し違う側面があるのです。
そのため、後継者育成は、少なくとも10年単位で考える必要があります。そして、この期間に創業者が意識したいのが、後継者を「本丸の事業に最初から深く関与させすぎない」という戦略的な距離感です。
これは、創業者の器が小さいからでも、後継者を信じていないからでもありません。むしろ人間の自然な心理として、自分が長年かけて築き上げ、成功体験を重ねてきた領域ほど、細部までよく見えてしまうのです。
心理学では、自分の専門領域ほど細かい違いやミスに気づきやすくなる「熟達者の認知」が知られています。また、人は自分の経験や成功パターンを基準に判断しやすいため、創業者にとっての“当たり前”が、後継者にはまだ身についていないことも少なくありません。その結果、創業者が長年かけて築いてきた得意分野、いわば「社長の聖域」に後継者が入り込むと、どうしても拙さが目につきます。これは創業者が悪いのではなく、“見えすぎる”からこそ、自然と口を出したくなるのです。
そして重要なのは、この心理を創業者自身が理解しておくことです。「後継者を否定したいわけではなく、“見えすぎるから気になってしまう”のだ」と理解できるだけでも、関わり方は大きく変わります。しかし、細かく指示を出し続ける状態が続くと、後継者は「自分で考え、決める経験」を積みにくくなります。だからこそ、最初から本丸の事業を任せるよりも、DX、新規採用、新規事業、新しい市場への挑戦など、創業者が少し距離を置きやすい領域を後継者の主戦場にすることが有効なのです。
創業者が過度に口を出さずに見守れる領域で、後継者に小さな成功体験を積ませる。その積み重ねが、後継者の自信と、社内からの信頼につながっていきます。創業者が“見えすぎる領域”ではなく、“次の時代に必要な領域”を任せる。これが、後継者育成を進める上での大切なポイントなのです。
創業者の健康状態悪化でM&Aに駆け込むと……
一方で、すべての企業に親族内承継の選択肢があるわけではありません。もし身内に後継者がいない場合、会社を存続させる有力な選択肢として「M&A(第三者承継)」があります。
近年、中小企業のM&A件数は大きく増加しています。

ただし、ここで特に注意したいのが、「引き際のタイミング」です。経営者自身の健康状態が悪化したり、気力が尽きてから慌てて売却先を探し始めると、「早く売りたい」という焦りの中で交渉が進みやすくなります。その結果、買い手側に主導権を握られ、適正な評価が得られないだけでなく、大切にしてきた従業員や取引先との関係性についても、十分な条件を整えられないまま契約を結ぶケースがあります。
また、売却価格の「高さ」だけを強調する仲介業者にも注意が必要です。高すぎる売却価格は、買い手企業に過度な収益プレッシャーを与えます。その結果、M&A後に現場の従業員が疲弊し、企業文化が崩れてしまうこともあるのです。
さらに、仲介業者は成功報酬型のフィービジネスであるため、「成立を急ぎやすい構造」があることも理解しておく必要があります。つまり、M&Aは「高く売れれば成功」という単純な話ではないのです。
M&Aでは、売却価格と同じくらい、「会社の文化」「従業員」「取引先との関係性」を、次の世代へどうつないでいくかが重要になります。だからこそ、創業者が元気なうちに、自社の価値を客観的に把握し、「PMI(M&A後の統合プロセス)」まで誠実に考えてくれる買い手パートナーを、時間をかけて選ぶ必要があります。後継者育成と同じように、M&Aにも十分な準備期間が必要なのです。
孤独な経営者に必要な伴走者とは
ここまで見てきたように、事業承継は単なる制度設計や株式移転の問題ではありません。そこには、家族の感情、創業者の孤独、後継者の不安など、「人の心」の問題が必ず存在します。事業承継には税金や法律といった専門知識も当然必要ですが、それ以上に、そこに関わる人間の「心」が成否を大きく左右するのです。
経営者は、その責任の重さゆえに、常に深い孤独の中にいます。家族には弱音を吐けず、従業員には不安を見せられない。そう感じている方は非常に多いと思います。しかし、人は一人では、自分の問題を客観視することが難しいものです。特に家族間の感情面のもつれは、信頼できる第三者が間に入ることで、初めて整理されることも少なくありません。
私が長く伴走させていただいている企業でも、創業者、後継者、配偶者、兄弟姉妹など、それぞれの思いが複雑に絡み合っているケースは多くあります。当人同士では「考え方が違いすぎて話にならない」と感じていても、第三者が整理して話を聞くことで、「実は向いている方向は同じで、表現の仕方が違うだけだった」と気づくことがあります。こうした事実に光が当たることで、長年のわだかまりが少しずつ解け、再び協力できる土台が整っていくのです。
今、日本でも「ファミリービジネス」という考え方が広がっていますが、それは“経営”だけでなく、“ファミリーの関係性”こそが事業承継の土台だと認識され始めているからだと思います。
ある経営者の方から、「みらいさんは、俺ができなかったことをみんなやってくれた」と言っていただいたことがあります。それは、税務や制度面だけではなく、心理面のサポートも含めて伴走したことへの言葉だったのだと思います。
こうした問題は、対立が深刻化してからでは、どうしても解決までに時間を要します。実際、話し合いだけでは整理できず、裁判へ進んでしまうこともあります。だからこそ、問題が表面化する前の早い段階から、心理面も含めて伴走できる第三者を持つことが、事業承継を円滑に進める上で非常に重要なのです。
りそなBiz Actionではこれらの資料もご用意しております。ぜひご活用ください。


