経営者にとって、事業承継は人生最後の大仕事ともいえる重要なテーマです。しかし、会社への強い責任感や仕事への情熱があるからこそ、事業承継に踏み切れず、結果として先送りになってしまう経営者も少なくありません。「まだ自分がやれる」、「自分が抜けたら会社は大丈夫なのか」などと考えるのは、長年会社を守り続けてきた経営者として、ごく自然な感情でもあります。また、どれほど優れた経営者であっても、いつか必ずバトンタッチの時期はやってきます。その時に準備不足のまま慌てて意思決定をすると、大切な会社に不利な選択をしてしまう可能性もあります。そして今、事業承継は単なる「会社を引き継ぐ話」ではなくなってきています。変化の速度が極めて速い現代では、「今ある事業をそのまま承継する」という発想だけでは、環境変化に対応できないケースも増えているからです。だからこそ、これからの時代に重要になるのは、「事業をどう残すか」以上に、「人と組織をどう次世代へつなぐか」という視点です。今いる従業員、後継者、組織文化、価値観をどう承継し、その戦力でどう外部環境に適応していくのか。多くの企業の事業承継を支援してきた、みらいコンサルティンググループの西村洋一取締役に、「なぜ創業者は事業承継に迷うのか」、そしてこれからの時代に必要な“承継”の考え方について伺いました。

西村 洋一
みらいコンサルティング株式会社 取締役
税理士法人みらいコンサルティング 代表社員
会計事務所を経てみらいコンサルティングへ。会計税務、IPO支援の他事業承継や企業再編など企業経営の管理業務支援の責任者として多数の実績あり。現場のコンサルティング業務経験を活かした中小中堅企業向けの管理系サポートアプリ開発に尽力。主な著書として「中小企業の勝ち残る事業承継」「企業再編・組織再編実践入門」その他、金融機関等でのセミナー実績多数。
「第二の創業」として事業承継を捉える
これまで数十年にわたり、幾多の荒波を乗り越えて会社を育ててこられた創業者の功績は、言葉では言い尽くせないほど大きなものです。
一方で、時代は想像以上のスピードで変化しています。かつて成功したビジネスモデルや経営スタイルが、そのまま未来でも通用するとは限りません。特に30年以上続いている事業では、知らず知らずのうちに市場とのズレが生まれていることもあります。また、どれほど優れた経営者であっても、年齢とともに体力や感覚、情報収集のスタイルは少しずつ変化していきます。
もちろん年齢だけで経営能力が決まるわけではありません。ただ一方で、近年は時代の変化そのものが極めて速くなっています。デジタル化、採用環境、価値観、働き方、市場構造など、経営を取り巻く前提条件そのものが大きく変わり続けています。そのため、創業者が長年培ってきた成功体験が大きいからこそ、次の変化への意思決定が難しくなることもあります。
実際、経営トップの高齢化とともに、企業の成長率が緩やかになる傾向を示す調査もあります。「まだ利益が出ているから大丈夫」と現状維持を選択することは、一見堅実に見えながらも、結果として変化への対応が難しくなる側面もあります。
しかし、ここで重要なのは、「今の事業をそのまま残すこと」だけが事業承継ではない、ということです。これまでの「事業承継」という言葉には、“今ある事業をそのまま次世代へ引き継ぐ”というニュアンスがありました。ですが、これだけ変化の速度が速い時代においては、「事業を守る」だけでは十分ではありません。むしろ重要なのは、「今いる人材・組織・価値観をどう次世代へ承継し、そのチームで外部環境に適応していくか」です。
つまり、これからの時代は、「事業の承継」以上に、「ヒトの承継」が重要になってくるのです。創業者が築いてきた価値観や文化、人との信頼関係を土台にしながら、次世代が新しい環境へ適応していく。そう考えると、世代交代とは単なる「承継手続き」ではなく、次の時代に合わせて会社そのものを再定義していく「第二の創業」ともいえるのではないでしょうか。創業者が築いてきたものを否定するのではなく、その土台の上に、次世代の感性や新しい挑戦を積み重ねていく。そうした視点が、これからの事業承継には求められているのだと思います。
完全引退ではない働き方もある
一方で、頭では「承継が必要」と理解していても、なかなか踏み切れない経営者が多いのも事実です。実際、下の図のように、70代・80代の経営者でも、後継者不在となっている企業は少なくありません。

こうした背景には、税務や法務だけではなく、経営者自身の「心」の問題があります。「引退」という言葉に、どこか“自分の役割が終わってしまう”ような寂しさを感じる方は非常に多いのです。それは、仕事に人生を懸けてきたからこそ生まれる自然な感情でもあります。
「自分がいなくなったら会社はどうなるのか」
「従業員は困らないだろうか」
「もう自分は必要とされなくなるのではないか」
こうした不安が、事業承継へのブレーキになることがあります。
また、気づけば人生の大部分を仕事に捧げてきた、という経営者も少なくありません。だからこそ、「できる限り長く仕事を続けたい」と感じるのは、会社や従業員に対して真剣に向き合ってきた証しでもあるのでしょう。
しかし、その不安から目を背けたまま先送りを続けると、突然の病気や判断力低下など、不測の事態が起きた際に、会社全体が混乱してしまうリスクも高まります。だからこそ、「完全引退」か「現役続行」かの二択だけで考えないことも大切です。
例えば、代表権は譲りつつも、週に数日だけ出社し、後継者をサポートする。あるいは、重要な顧客や金融機関との関係づくりを一定期間支援する。こうした“グラデーションのある引退”も、一つの現実的な形ではないでしょうか。
そして、これからの時代は、創業者が完全にいなくなることよりも、「創業者の経験や価値観をどう次世代へ受け渡すか」が重要になってきます。社長業というのは、実際にその椅子に座って責任を負ってみなければ分からないことの連続です。だからこそ、創業者が培ってきた「勘」や「人脈」を、後継者が育つまでの「安全網」として活用していく。創業者の経験という無形資産を次世代へ受け渡しながら、少しずつ関与を減らしていく。こうした“ソフトランディング型の承継”は、創業者の情熱も活かしながら、会社を次世代へつなぐ方法の一つといえるのかもしれません。
50代から考えたい「人生の第二ステージ」
さらに、事業承継を考える上では、「会社の未来」だけでなく、「経営者自身の人生」をどう設計するかも重要になってきます。
創業者にとって、会社は単なる仕事ではありません。人生そのものと言っても過言ではない存在です。実際、「引退を考えたくない」という経営者のお話をじっくり伺っていくと、気づけば人生の大部分を仕事に捧げてきた、という方が非常に多くいらっしゃいます。趣味もなく、地域との接点も少ない。家庭でも“社長”としての役割が中心になっている。だからこそ、「できる限り長く仕事を続けたい」と感じるのです。
これは、会社と従業員のために全力を注いできた経営者だからこそ生まれる感情ともいえるでしょう。しかし、人生100年時代と言われる今、引退後の時間は私たちが思っている以上に長く、そして貴重です。だからこそ、50代・60代の比較的早い段階から、「仕事以外の人生」を少しずつ視野に入れていくことも大切なのではないでしょうか。
例えば、
- 地域活動に参加してみる
- 昔好きだった趣味を再開する
- 家族との時間を増やす
- 次世代経営者の相談役になる
など、会社以外の場所で、自分の役割や喜びを見つけていくことです。
これは単なる“老後準備”ではありません。むしろ、「引き際」を自分らしく決めていくための、大切な準備ともいえるのではないでしょうか。経営者として全力で駆け抜けた後の人生もまた、豊かな達成感と喜びに満ちたものであってほしいのです。自分が育てた会社が、若い世代によって新たな成長を遂げていく姿を、少し距離を置きながら見守る。そのための準備を始めるのに、“早すぎる”ということはないのだと思います。
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