M&Aはやり直しがきかない、一度きりの勝負です。事前に銀行など専門家の力を借りながら入念に準備をすることが、M&Aを成功させるために最も重要なことです。どのようなプロセスでどういった準備をすべきなのでしょうか。中小企業のM&Aコンサルティングに豊富な実績を持つAGSグループの西島聡専務にお話を伺いました。

西島 聡(にしじま さとし)
株式会社AGSコンサルティング 専務取締役 エリア本部長 / AGS税理士法人 代表社員
1992年株式会社エイ・ジー・エス・コンサルティング(現・株式会社AGSコンサルティング)入社。2012年株式会社AGSコンサルティング取締役、2021年常務取締役を経て、2024年3月より専務取締役に就任し現在に至る。
準備不足だと不満の残る結果に
「自分の思いが相手に伝わらなかった」「想定していたよりも売却価格が低くなってしまった」「初めてのことで何が正解か分からず、不本意な結果に終わった」——。M&Aを終えた経営者から、こうした後悔の声が聞かれることがあります。中には「もう一度やり直せたら、もっとうまくやれるのに」と嘆く方もいますが、事業承継は一生に一度の本番であり、リハーサルもやり直しもない一発勝負です。
なぜ、不満が残る結果となってしまうのか。その最大の要因は「準備不足」に尽きます。自身の年齢や体調の悪化、あるいは会社の資金繰りに行き詰まりを感じるなど、時間的な余裕がなくなって初めて「誰かに譲らなければ」と重い腰を上げたとします。このような切羽詰まった状態でM&Aの交渉テーブルに着くと、会社を「磨き上げる」時間が取れず、買い手企業から十分な評価が得られない可能性があります。

M&Aのプロセスでは、買い手側が専門家を雇って行う詳細な調査「デューデリジェンス(買収監査)」が必ず行われます。ここで、未払い残業代などの労務リスク、回収不能な売掛金、あるいは長年放置されてきた不採算事業の実態などが次々と露呈するのです。準備不足のままこの段階に進むと、当初提示されていた買収価格から大幅な減額を迫られたり、最悪の場合は「リスクが高すぎて買えない」と破談に至ったりすることもあります。社長が自信満々で「うちの会社は引く手あまたなはず」と言い切るような会社に限って、なかなか買い手が見つからないということも珍しくありません。やはり、買収先、つまり外から見て、自社がどう見えるのかをしっかり考え、計画的に準備を進めることが重要なのです。
多くの経営者にとってM&Aは初めての経験であり、実感値がないために実際のプロセスに直面するまで事前準備の重要性を正しく認識できていないケースがあります。
いつから、どんな準備をするべきか
では、具体的にいつから動き出せばよいのでしょうか。理想的なスケジュールは、M&A実行の「4〜5年前」からのスタートです。準備のプロセスは、大きく以下の4つのステップで進められます。
ステップ1:現状把握(人間ドック)
まず最初に行うべきは、自社の健康状態を網羅的に把握する「人間ドック」です。われわれは事業・財務・人事・労務・法務・税務・システム・不動産の「8項目」を中心に、約3ヶ月かけて徹底的に診断します。経営者は自社のことを誰よりも知っているつもりでも、客観的な視点で見ると「認識していなかったリスク」が潜んでいるものです。こうした爆弾を抱えたまま交渉に出ないよう、まずは全身をスキャンします。
ステップ2:処方箋の作成(行動計画)
診断で見つかった課題を、「どう是正するか」の処方箋を作成します。単なる数値目標だけでなく、例えば「親族に分散してしまっている株式をどう集約するか」「万年赤字の部門をどう整理するか」といった、M&Aの阻害要因を取り除くための具体的な行動計画を策定します。
ステップ3:治療と磨き上げ(実行支援)
処方箋に基づき、実際に治療(実行)を行います。不採算事業の撤退などは、従業員の配置転換や在庫処分も伴うため、一朝一夕にはいきません。決算書にその改善効果が表れ、企業価値として認められるまでには、2〜3年の期間(決算サイクル)を要することもあります。この期間、専門家の伴走支援を受けながら、会社を「買い手にとって魅力的な状態」へと仕上げていきます。
ステップ4:マッチングと交渉(M&Aアドバイザリーサービス)
十分に磨き上げが行われた状態で、初めて具体的なパートナー探し(M&Aアドバイザリーサービス)に移行します。ここまでの準備が整っていれば、蓋然性の高い将来計画を基に、自信を持って価格交渉に臨むことができます。
銀行の伴走支援のメリット
こうした数年がかりの準備を、日々の業務に追われる経営者が独力で行うのは至難の業です。そこで重要になるのが「誰をパートナーにするか」。M&A仲介会社やコンサルタントなど多くのプレーヤーが存在しますが、長期的な準備期間における伴走者としては、メインバンクが最適解の一つといえます。
銀行に協力してもらうことの最大のメリットは「時間軸の長さ」です。成功報酬型のM&A仲介会社はビジネスモデル上、「早期成約」を最優先し、案件を高速回転させがちです。一方、銀行は数十年、時には数代の経営者にわたって企業と取引を続けており、5年、10年という長期スパンで企業価値向上に付き合うことができます。「今すぐ売る」のではなく「まずは将来のために会社を良くする」という時間軸を共有できるのは、銀行ならではの強みです。
こうした準備のプロセスを経る中で、「やっぱりM&Aではなく、成長した息子に継がせたい」「従業員への承継(MBO)に切り替えたい」と方針が変わることもあるでしょう。M&Aありきで進める仲介会社とは異なり、銀行の伴走支援であれば、そうした方針転換も歓迎されます。なぜなら、準備プロセスで行った「ガバナンスの強化」や「不採算事業の整理」は、誰に承継するにせよ、会社にとって決して無駄にはならない「良いこと」だからです。
「まだM&Aと決めたわけではないけれど、将来の選択肢の一つとして持っておきたい」。そう考える経営者こそ、早期に銀行へ相談し、時間を味方につけた準備を始めてはいかがでしょうか。
りそなBiz Actionではこれらの資料もご用意しております。ぜひご活用ください。


