ひとくちに「理想のオフィス」といっても、どういう職種の人が働いているのか、どういう働き方を目指したいのかなど、会社によって目指すべきオフィス像は異なります。どういった観点で本社移転を考えていけば良いのか、事業用不動産サービス会社CBREにおいて、企業のビジネスを不動産領域から支える多様な専門性をもつプロフェッショナルで構成されるコーポレートカバレッジ部門のシニアディレクターである吉田書雄(よしだふみお)さんにお話を伺いました。

吉田 書雄 (よしだ ふみお)
シービーアールイー株式会社 シニアディレクター
1995年生駒商事(現シービーアールイー株式会社)入社。日系・外資問わずテナント企業/一般事業会社を対象に、国内外の賃貸・売買・CRE(企業不動産)アドバイザリーなどのサービスを提供、不動産業界において30年の幅広い経験を持つ。オフィス・倉庫・店舗等の主要なアセットタイプから、工場の新設・閉鎖、R&D(研究・開発)やスタジオ施設の開発、遊休土地有効活用のコンサルティング等、経営の幅広い視点を持って不動産戦略のアドバイスを提供。企業の課題に応じて17部門にも及ぶ幅広いCBREのサービスをテーラーメイドで組み合わせてご提案するコーポレートカバレッジに所属。
多様化の時代に求められること
かつて、本社に求められる機能としては、執務室や応接室、会議室に加えて受付と社員食堂等が一般的でした。これら5つの機能を新オフィスにも揃えるという前提で設計する、というケースが多く、それで会社のニーズはほぼ満たされていました。
しかし、現代は事業や職種、従業員の属性などが多様化していますので、こうした“雛形”だけでは対応しきれないと考えています。「こういうオフィスが正解」というものが存在せず、会社ごとに考えていかなければならないのです。
また、コロナ禍にリモートワークが一気に広がりました。今では一般的な働き方になっている一方、対面で仕事をすることの良さも見直されてきていると思います。
こうした状況を踏まえて、オフィスにはどんな機能が必要なのか、そして従業員にどういう働き方をしてもらいたいのか、などを、まずはじっくりと検討する必要があります。
ポジションによって意見は違う
ここで意識していただきたいのは、その方のポジションによって、オフィスへの考え方が大きく違ってくる可能性があるということです。経営者は「従業員にこういうふうに働いてもらいたい」というビジョンがあるでしょうし、マネージャー層は経営層と部下との間に入る立場としてのビジョンがあるかもしれません。そして、従業員の方々は「とにかく自分が働きやすい環境にしてほしい」という要望を持っているものです。
ですから、本社移転に際しては、経営層やマネージャー層だけで決めたり、偏ったヒアリングをして、声が大きい人の意見だけが反映されたりということは望ましくありません。さまざまな立場、職種の方々にインタビューをして、効果的な意見やニーズの集約から始めることが必要であると考えています。
ハードとマインド、両方の変化を目指そう
オフィスを進化させることで、会社の成長を促す一例として、アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)があります。従業員が自主的に働く場所をその都度、選ぶことができる働き方です。以前からある、座席が固定されておらず面積圧縮目的での導入が多かったフリーアドレスオフィスとは一線を画し、ABWには、コミュニケーションを活発化させることで、コラボレーションを促したり、偶然の出会いを促進することでイノベーションを増やしたりする効果などが期待できます。こうした効果は、従業員の満足度やエンゲージメント向上にも資するものと考えられています。(図参照)

ただし、ABWに基づくハードを導入すれば会社が活性化するのかというと、そう単純な話でもありません。
たとえば、以前から従業員同士のコミュニケーションが活発でなく、自由な対話がしにくいような社風の会社があったとします。そこにABWを導入しても、従業員たちにとって居心地のよい空間にはなりません。結果的にいつ行ってもオフィスはガラガラで、経営陣が求めていた活発な対話は起きていない、という残念な結果になってしまいます。
また、せっかくABWを導入しても、役員たちは役員フロアに閉じこもったままで対話がない、ということでは、効果は半減かもしれません。
良いオフィスはあくまでもハード。しっかりとマインドが伴うことで初めて、会社は望ましい方向に動いていきます。デザイナー任せのオシャレなオフィスをつくるだけでは、せっかくの本社移転の機会がもったいない。「どこかで見たような綺麗なオフィス」ではなく、自社の従業員たちの働き方と、会社のビジョンにマッチしたオフィスを目指す必要があるのです。
多くの企業に本社移転のコンサルティングサービスをご提供してきましたが、うまくいく会社はオフィスありきではありません。「どんな働き方を目指したいか」「どんなコミュニケーションを目指したいか」など、しっかりとしたビジョンをお持ちで、オフィス設計は後からついてくるといった印象です。
実際、従来なら本社移転というと「不動産」ということで総務部のみで決定することが多かったのですが、近年は人事部やITなど、多様なセクションの方が移転プロジェクトに参画する例が確実に増えています。ぜひこうした視点で本社移転を捉え直してみていただければと思います。
不動産の有効活用について、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。