労働時間の微妙な境目

時折、上司が勤務時間を改ざんするという報道が世間を騒がせます。許されない違法行為ですが、それだけ「働かせすぎ」に神経を尖らせている表れでもあります。そこまでいかずとも、サービス残業を見て見ぬふりをしたり、従業員の自主的なスキルアップが「労働」に当たらないか不安になったりという経験はないでしょうか? 労使とも、どこまでが「労働時間」なのか悩むケースはあります。その線引きについて考えます。

実態に即して客観的に判断される「労働時間」

厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(※1)を定めています。それによると労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」「使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間」です。

留意すべきなのは、実際の判断にあたっては「労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等」に基づいて「個別具体的に」、客観的な評価がなされます。つまり、現実はケースバイケースと言えます。

法的にも「労働時間」管理がより重要に

「働き方改革」という社会の流れもあり、法的にも適正な労働時間の管理がより重要になっています。2019年からは、労働安全衛生法の改正で、タイムカードやパソコンのログイン時間などによる「客観的な把握」が義務に。2020年からは労働基準法の改正により、時間外労働時間の上限規制が中小企業にも適用されました。従業員の健康確保はもちろん、法的なリスクを防ぐためにも、普段から労働時間への認識を深めておきたいところです。

これって「労働時間」? 悩ましい実例

行政機関などに相談が寄せられる、悩ましいケースを確認しましょう。線引きのポイントは、従業員側に自由が事実上保障されているかどうかです。

  • 就業時間前後の更衣時間
    制服や作業着などの着用が義務付けられ、職場でしか着替えることができない場合は労働時間になります。一方で着用が任意の場合や、自宅からの着用が認められている場合には、労働時間に該当しません。
  • 「通勤時間」と「移動時間」
    一般的に「通勤」では出発地点や手段は従業員側に委ねられているため、労働時間に含まれません。ただ、移動中に仕事をこなしたり、会社への立ち寄りを求められるなどして会社側が指示していた場合の移動時間は、労働時間となります。
  • 自主的な「研鑽」と指示による「研修」
    研修などへの参加が義務付けられておらず、従業員の判断に委ねられるものであれば、労働時間に該当しません。ただ、例えば就業規則で不参加の場合は処分の対象となっていたり、不参加によって不利益を被ったりと、参加を事実上強制されているときは労働時間に当たります。
  • 時間外に上司からメールを受信
    休日や退勤後の夜に上司からメールが届いた時、その内容によって「労働時間」かどうか分かれます。至急着手することや、明らかに時間外に作業しないと間に合わない指示なら、「指揮命令下にある」として労働時間になります。曖昧な言い方をしていても、「黙示的な業務指示」だと客観的に認められれば、労働時間になる可能性があります。

テレワークでは労働時間の管理に注意

一方、違った意味で注意が必要なのはテレワークです。場所にとらわれず柔軟に働ける半面、公私の区別が付きにくくなる恐れがあります。いつでも連絡が取れることで、長時間労働やストレスにもつがなりかねません。海外では、時間外の業務連絡を遮断する「つながらない権利」が法制化されている国もあるほどです。指示を出す時間や方法、テレワーク中の移動や、一時的に業務から離れる「中抜け時間」などについて、職場の実態に応じてルール化することも大切です。

公的機関にも相談し、グレーゾーンをなくす運営を

どこまでが使用者側の指示で、従業員の自由意思なのか。現実には悩ましいケースがあるでしょう。労働時間の算定が難しい、従業員の裁量が大きいなどの場合は、「みなし労働時間制」の導入も選択肢かもしれません。

「グレーゾーン」の放置は、トラブルや従業員満足度の低下を招く可能性があります。労使間で具体的なルールを作ったり、労働基準監督署や都道府県の労働局といった公的機関に相談したりして、リスクヘッジとコンプライアンス遵守を徹底しましょう。

(※1)厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2023年3月3日時点の内容となります。
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