金銭損失だけでは済まない、従業員による不正被害の実態

島田弁護士

弁護士 島田直行(しまだ なおゆき)
島田法律事務所代表弁護士。山口県弁護士会所属。

「中小企業の社長を360度サポートする」をテーマに “社長法務”と称する独自のリーガルサービスを提供。労働事件、悪質クレーマー対応、相続を含めた事業承継をメインに経営者のあらゆる悩みに耳を傾ける。著書に「社長、辞めた社員から内容証明が届いています」(プレジデント社)、「社労士のための労働事件 思考の展開図」(日本法令)他多数。


会社の口座から現金を引き出したり、請求書を偽造したり…。従業員による不正はどんな規模の会社にも起こり得ます。被害の実態と、正しい対処方法について、中小企業で起きた不正事案を数多く手掛けてきた島田直行弁護士に話を伺いました。

不正の手法はたいていシンプル

従業員による不正行為というと、テレビや新聞の報道に出るような、二重帳簿を作成して大金を詐取する…という大掛かりなものを思い浮かべるかもしれません。しかし、私が実際に中小企業経営者から相談を受けたケースの多くは、たいてい驚くほどシンプルな手口です。

シンプルな手口が圧倒的に多い

たとえば、会社の口座から引き出した現金の一部を領得したり、取引先からの請求書を偽造して差額を領得するなど。ほかには、私的に利用するものを経費で購入したり、交通費の虚偽申請なども多いですね。1回あたりの金額も数万円〜数十万円程度なのですが、これを長期間にわたって行われたら、合計金額は無視できない規模になってしまいます。

不正の動機も、ギャンブルや異性に貢ぐなどはそれほど多くなく、大半を占めるのは「生活苦」。「子どもの塾代を捻出できなくて…」というようなケースです。中小企業では経理業務をずっと同じ人が1人で担当している、ということも少なくありません。そんな経理担当者が「ちょっとお金が足りないから」と会社のお金に手を出す。しかし誰も気づかない。何度か繰り返すうちに、罪の意識も麻痺していく…。こうして、長期間にわたって少しずつ、不正金額が積み上がっていくのです。

金銭被害に加えて風評被害や追徴課税も

こうした不正の恐ろしいところは、金銭被害に留まらないことです。特に、誤った対応をして傷口を広げる経営者が少なくありません。

従業員の不正に気づいた時点で、多くの経営者は怒り心頭です。すぐに本人を呼び出して追及したり、刑事告訴に踏み出すなど、「罰してやりたい」という感情が先に立って行動を起こしがちです。しかし、刑事告訴をすれば明るみに出ますから、金融機関や取引先から「長年の不正を許すような組織運営をしてきた会社だ」という目で見られることは覚悟しなければなりません。つまり風評被害です。ほかの従業員のモチベーションも低下するでしょう。

さらに手痛いのが追徴課税。経費の水増しなどで従業員が不正に領得したお金は本来、企業の稼いだものですから、税金を払わねばなりません。従業員に取られたから、という言い訳は通用せず、追徴課税が発生するケースもあるのです。

不正がわかった際に経営者が取るべき行動とは

不正が起きない組織づくりを日頃から心がけることが第一なのは言うまでもありませんが、不幸にして起きてしまったらどうするか。まず心がけたいのは怒りに任せた行動は避け、「どうすれば会社の損失を最小限に抑え、建設的な方向で処理できるか」を考えることです。

不正をした従業員を怒鳴りつけたい気持ちを抑え、まずは冷静に証拠を確保しましょう。ここでいう証拠とは取引履歴やメールなど「人の記憶に依存しない証拠」です。ほかの従業員の証言などは証拠としての価値はあまり高くありません。

証拠を確保してから、当該従業員と話をします。この話し合いは弁護士に依頼してもいいでしょう。証拠もあいまいなまま「お前がやっただろう!」と詰め寄れば、従業員はパソコンのデータを消すなどして逃げてしまいます。しかし、確たる証拠をもとに話せば「いつかはバレると思っていました」などと、淡々と認めるケースが多いです。

次に考えるべきは「金銭をどれだけ回収できるか」です。この観点から、私は刑事告訴をおすすめしません。懲戒解雇もせず、あえて自主退職を認め、その代わりに再就職をして返済するよう促す方が得策ではないでしょうか。一括で返ってくることはあまりないですから、数年にわたって少しずつ返済してもらうことになります。また、連帯保証人(年金暮らしの両親は避け、子どもやきょうだいなどが望ましい)もつけて、確実に返してもらえるように道筋を立てましょう。

不正を働かれたのに自主退職を認めるなんてとんでもない、と思うかもしれません。しかし、証拠が不十分なケースなどでは、懲戒解雇にすると不当解雇であると争われるリスクもあります。また、再就職が困難になりますから、返済も難しくなります。

逆に、話し合って「自主退職を認めるから、返済をしっかりしてもらいたい」と促すと、恩義に感じて真面目に返済したりするものなのです。また、その際に子どもに連帯保証人になってもらうと、「子どもにだけは迷惑をかけたくない」という親心がモチベーションとなり、しっかり返済をすることにもなります。

従業員に裏切られ、不正に金銭を詐取されれば、腹が立つのは当たり前です。しかし、腹立ちに任せて処罰を優先するのではなく、あくまでも「会社の利益」を念頭に置いて行動したい。こうした不正案件のご相談を受けるたびに、私はまず、このことを社長にお伝えします。

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上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2023年12月22日時点の内容となります。
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