全てのステークホルダーが関わる「ビジネスと人権」

SDGパートナー田瀬氏

SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEO 田瀬和夫
1967年福岡県福岡市生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒、同経済学部中退、ニューヨーク大学法学院客員研究員。91年度外務公務員I種試験合格、92年外務省に入省し、国連政策課、人権難民課、アフリカ二課、国連行政課、国連日本政府代表部一等書記官等を歴任。2001年より2年間は、緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。05年11月外務省を退職、同月より国際連合事務局・人間の安全保障ユニット課長、10年10月より3年間はパキスタンにて国連広報センター長。外務省での専門語学は英語、河野洋平外務大臣、田中真紀子外務大臣等の通訳を務めた。14年5月に国連を退職、同6月よりデロイトトーマツコンサルティングの執行役員に就任。同社CSR・SDGs推進室長として日本経済と国際機関・国際社会の「共創」をテーマに、企業の世界進出を支援、人権デュー・デリジェンス、SDGsとESG投資をはじめとするグローバル基準の標準化、企業のサステナビリティ強化支援を手がけた。17年9月に独立し、新会社SDGパートナーズを設立して現在同社代表取締役CEO。また、同年10月1日より国際機関GPE(教育のためのグローバル・パートナーシップ)の日本コーディネータに就任。私生活においては、7,500人以上のメンバーを擁する「国連フォーラム」の共同代表を04年より務める。


企業活動によって生じる人権リスクへの対応の遅れは、企業活動のリスクにつながり得ます。通常は自社の従業員等直接関係のある相手との関係でのみ生じる問題と捉えがちですが、「ビジネスと人権」において配慮しなければならないステークホルダーの対象はそれにとどまりません。「ビジネスと人権」の基本的な考え方を、SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEOの田瀬和夫氏に聞きました。

人権はSDGs全体を支える基盤

「強制労働や児童労働など、原材における人権リスクは問題ないですか?」

近年、中堅・中小企業の方々には、大手の取引先からこうした「人権」に関連する問い合わせを受けた経験をお持ちの方も多いと思います。古くから欧米では人権は企業の責任として扱われてきたテーマですが、日本でもSDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まるにつれて「ビジネスと人権」が注目されるようになりました。

ひと口に「ビジネスと人権」と言っても、職場のセクハラ、パワハラ、労働環境、ジェンダー不平等……、企業が向き合わなければならない人権リスクは多岐にわたります。(法務省人権擁護局「ビジネスと人権への対応」には25の人権リスク類型が記載されています。※)

人権リスクへの見て見ぬふりや対応の遅れ、それ自体が責任ある企業行動と呼べませんが、人権リスクを放置していることは、企業活動におけるさまざまなリスクにつながります。訴訟や行政罰などの法務リスク、人権侵害が報道されれば消費者の信用を失うリスクもあります。昨今はSNSなどインターネットを通じて瞬く間に情報が拡散し、炎上することも。過酷な労働環境を強いられた職場では、職員が一斉退職して事業継続上のリスクを抱えてしまった組織もあります。人権リスクの放置は重大なコーポレートリスクにつながるのです。

SDGsにおいて人権は全体を支える基盤となっており、すべての目標が人権の尊重を前提としています。人権と言えば、従来は従業員や取引先、顧客といった直接関係のある相手との関係で生じる問題と捉えがちですが、ビジネスと人権において企業の責任が生じる対象は直接の関係者にとどまりません。

ビジネスと人権は規模・事業内容問わず、全ての企業・組織に対応が求められる

自社から見たサプライチェーンの上流から下流、さらにはその先の消費者、プロモーションのための広告など、ありとあらゆる関係先(=ステークホルダー)で人権侵害が起きていないか把握し、人権に対する適切な対応がなされているか、日ごろから体制を整え、取り組みを進める必要があります。冒頭のような問い合わせが増えているのも、世界中の大企業が自社の人権リスクの是正に向けて動き始めているからです(下図参照)。

売上規模別の集計結果

人権の問題は「中堅・中小企業だから関係ない」とはなりません。企業の規模・業種を問わず、自社含むサプライチェーン上の人権対応に取り組まない場合は、最悪の場合は人権を重視する大企業から取引を停止される恐れがあります。企業は、自社だけでなく、原料や素材、仕入先、外注先、輸送過程や販売先も含むサプライチェーン全体に人権リスクが生じていないか確認する責任があります。

近年、日本国内でも人権に関連した法令の整備が始まっています。日本のジェンダー不平等は海外からも問題視されていますが、2022年からは従業員数301人以上の企業で、男女賃金格差の開示が義務化されました。

人権への取り組みが企業価値の向上につながる

人権リスクへの対応の遅れが企業にとって重大なリスクとなる一方で、人権リスクの是正に向けた取り組みをしっかりと行うことで、企業にとってポジティブな影響につながることもあります。サプライチェーンにおける従業員の処遇や職場環境の改善を行って、好循環を生んだある中堅企業の例を紹介します。

丸久(徳島県鳴門市)は、子ども服や婦人服、紳士服などを扱うアパレル企業です。マーケティング、企画、製造、卸などさまざまな機能を持っており、海外での生産も行っています。バングラデシュの工場は、従業員2,500人を擁するサプライチェーン上の重要拠点ですが、実は数年前まで課題を抱えた工場でした。採用した従業員は、少し熟練度が上がると周辺の欧州企業の工場に引き抜かれ、渋滞による従業員の遅刻も頻発するなどして、製品の品質や工場の生産性が上がらない状況に陥っていました。

そこで、同社では労働環境の改善や福利厚生の向上につながる、三つの施策を実行しました。一つ目は、賃上げの実施です。水準は周辺の平均賃金の1.5倍まで引き上げました。二つ目は、無料の通勤バスによる送迎です。従業員は近隣の七つの村から通っていましたが、通勤バスで送迎して同じラインに配置することで遅刻がなくなりました。三つ目は食べ放題のカレーランチの提供です。かつて従業員は持参した弁当を、手で直接食べていました。その手で職場のミシンを扱うため、汚れが商品に付着して不良品になることもありました。そこで会社がランチを用意するかわりに、スプーンを使ってもらい、職場に戻る前には必ず手を洗うようお願いしました。

結果は予想していた以上の成功をおさめ、不良品の発生率が大きく減ると同時に、熟練労働者の離職が減りました。品質は大きく向上し、有名アパレルブランドとの新規取引も始まりました。人権への取り組みが、企業価値の向上につながった事例です。

人権に関連して日本では、これから技能実習生の問題がクローズアップされそうです。詳細はこちらの記事をご覧ください。

※ 法務省人権擁護局「ビジネスと人権への対応」

SDGsについて、わかりやすく資料にまとめましたのでこちらもぜひご活用ください。

【該当するSDGs目標】

上記記事は、本文中に特別な断りがない限り、2023年12月15日時点の内容となります。
上記記事は、将来的に更新される可能性がございます。
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